型にはめるのが苦手
型を作るのが得意
たぶん
1〜10にするのは苦手で
0〜1にするのは得意。
早く自分の仕事つくりたい!
今は何にも出来ないけどすぐに、絶対すぐに創る。
じゃないと楽しくないし、
かつ自分が生きないという、危機感がある。
2013年2月11日月曜日
2013年1月18日金曜日
会社
会社のこと勉強してみて思った。
「会社」ってのはなんて機能的かつ効率的なんだろうって。
別にうちの会社がすごいとか言ってるわけじゃなく、この会社という制度?システム?自体がすごいと言いたい。
自分が与えられた仕事は本気でやるとかよく聞くけど、
案外それを本気でやることで、知らず知らずのうちに会社というものの全体像が把握でき(勿論自ら学ぶ姿勢はいるが)、そして大きな歯車を回してるんだなと。
ほんとに会社ってのは精密な機械時計と同じで、一つのパーツパーツに無意味さがない。
そりゃ無駄な動きが多すぎたり、もしくは一つの歯車がガチガチに錆びてたりしたら、それは効率的とは言い難いけど、
基本的にきっちり整備してあげれば、そして一つ一つの歯車がそれぞれ自己メンテを行い、周りとの協調を考えベストを尽くせればこんな最強のシステムはない。
全体像見えるとわくわくするな。
今は小さな歯車…いや歯車にもなれてないけど、
いつかは機械時計を作って行く立場になりたい。一から組み立てて楽しみたい。
そんなことをふと思いました。
「会社」ってのはなんて機能的かつ効率的なんだろうって。
別にうちの会社がすごいとか言ってるわけじゃなく、この会社という制度?システム?自体がすごいと言いたい。
自分が与えられた仕事は本気でやるとかよく聞くけど、
案外それを本気でやることで、知らず知らずのうちに会社というものの全体像が把握でき(勿論自ら学ぶ姿勢はいるが)、そして大きな歯車を回してるんだなと。
ほんとに会社ってのは精密な機械時計と同じで、一つのパーツパーツに無意味さがない。
そりゃ無駄な動きが多すぎたり、もしくは一つの歯車がガチガチに錆びてたりしたら、それは効率的とは言い難いけど、
基本的にきっちり整備してあげれば、そして一つ一つの歯車がそれぞれ自己メンテを行い、周りとの協調を考えベストを尽くせればこんな最強のシステムはない。
全体像見えるとわくわくするな。
今は小さな歯車…いや歯車にもなれてないけど、
いつかは機械時計を作って行く立場になりたい。一から組み立てて楽しみたい。
そんなことをふと思いました。
2013年1月6日日曜日
先ほどの投稿を読んで
仕事で感じたことをプライベートで同じように感じたり。
プライベートで感じたことを仕事で同じように感じたり。
その二つは明確に分けられがちだけど、ほとんど一緒なわけで。
そりゃ感じてる人間は俺一人なんだし当たり前か。
オンオフがカチッカチッと切り替わるスイッチがあったとしたら
俺のスイッチはどちらにも“オン”って字が書いてるんだろな。
しかも電気系統も全く同じで、ほんと形だけのスイッチがあるような感じ。
そんなんだからさっきのブログのような文章が出てくるんだな。
衛藤は興味深いね。
プライベートで感じたことを仕事で同じように感じたり。
その二つは明確に分けられがちだけど、ほとんど一緒なわけで。
そりゃ感じてる人間は俺一人なんだし当たり前か。
オンオフがカチッカチッと切り替わるスイッチがあったとしたら
俺のスイッチはどちらにも“オン”って字が書いてるんだろな。
しかも電気系統も全く同じで、ほんと形だけのスイッチがあるような感じ。
そんなんだからさっきのブログのような文章が出てくるんだな。
衛藤は興味深いね。
一歩進んで二歩下がる
人がどう思おうが俺は俺の思った通り、良いと感じたようにやる!
こんな自分はどこへやら。
例えばTwitterに何か一言投稿しようにも、どう思われるか考えてしまうようになった。
客観視?を自然とするようになった。
これが良いか悪いか。
そんな議論になると
普通は良いという判断になるのかもしれない。(この場合の普通って何?っていう議論はひとまず置いといて)
けど、なんだか自分が萎縮してると思わざるを得ない。
過去のブログにも似たようなことを書いてる。
それはきっと自分が小さくなってるという危機感を社会人になってから常に感じているからだと思う。
けれど、やりたいようにやってきたことで何人かの大事な人を傷つけてしまったのも事実。
ただ、それは客観視?して初めて気づいたってのも事実。
二つの事実が前後にあって、前にも後ろにも進めなくなっている。
一歩進んで二歩下がる
そうすれば両方に触れることが出来んのかな?
今まで通り思った通り、ガッと大きく一歩前に進んで
スッと後ろに二歩分身を引いて進んだ自分を見る。
そんな進み方を考えて行かないとね。
こんな自分はどこへやら。
例えばTwitterに何か一言投稿しようにも、どう思われるか考えてしまうようになった。
客観視?を自然とするようになった。
これが良いか悪いか。
そんな議論になると
普通は良いという判断になるのかもしれない。(この場合の普通って何?っていう議論はひとまず置いといて)
けど、なんだか自分が萎縮してると思わざるを得ない。
過去のブログにも似たようなことを書いてる。
それはきっと自分が小さくなってるという危機感を社会人になってから常に感じているからだと思う。
けれど、やりたいようにやってきたことで何人かの大事な人を傷つけてしまったのも事実。
ただ、それは客観視?して初めて気づいたってのも事実。
二つの事実が前後にあって、前にも後ろにも進めなくなっている。
一歩進んで二歩下がる
そうすれば両方に触れることが出来んのかな?
今まで通り思った通り、ガッと大きく一歩前に進んで
スッと後ろに二歩分身を引いて進んだ自分を見る。
そんな進み方を考えて行かないとね。
2012年10月8日月曜日
『評価されること』
嫌で嫌でしょうがなかった。
あまりに神経質になりすぎて
例えば鉛筆一本デスクから落としただけでも
『こいつ注意力ないな』ってみられるじゃないのか
そんな風に感じて自分をガチガチに固め、委縮してしまっていた。
けど、
どうも“評価”って言葉に囚われすぎていたようで
つまりは自分を見てくれる人がいてくれているんだと感じた。
正そうと、良い選択肢を提案しようとしてくれる
または何か良いところを見つけて褒めてくれる
そんな人の目もあるんだと気がついた。
そういった人達がいることで僕はいろいろ感じることが出来ている。
誰も見てくれない世界、“社会”
怖くて想像もできない。
そんな中で殻に閉じこもるなんてなんて変な話で
その人達の思いとは全くの逆だった。
気がつかせてくれた方々に感謝です^^
もっとがむしゃらにやって
怒られる時はバシッと怒られてちょっとしゅんとして
「サーセン!」って言って
また一生懸命にやる。
こんな社会で僕はこう生きていく。
あまりに神経質になりすぎて
例えば鉛筆一本デスクから落としただけでも
『こいつ注意力ないな』ってみられるじゃないのか
そんな風に感じて自分をガチガチに固め、委縮してしまっていた。
けど、
どうも“評価”って言葉に囚われすぎていたようで
つまりは自分を見てくれる人がいてくれているんだと感じた。
正そうと、良い選択肢を提案しようとしてくれる
または何か良いところを見つけて褒めてくれる
そんな人の目もあるんだと気がついた。
そういった人達がいることで僕はいろいろ感じることが出来ている。
誰も見てくれない世界、“社会”
怖くて想像もできない。
そんな中で殻に閉じこもるなんてなんて変な話で
その人達の思いとは全くの逆だった。
気がつかせてくれた方々に感謝です^^
もっとがむしゃらにやって
怒られる時はバシッと怒られてちょっとしゅんとして
「サーセン!」って言って
また一生懸命にやる。
こんな社会で僕はこう生きていく。
2012年9月18日火曜日
知りたいと思って当然
なんでもそうなんだ。
自分の中では。
もちろん優劣というか興味の大小とかあるとは思うんだけど
全部知りたい
と思うのは
本当にごく自然な欲求なはず。
旅行は楽しいから、何かを得るために行く
とかじゃなくて行きたいから行く。
理由と行動が一緒
知りたいから知る。
まぁそうとも限らないこともありますが
特に対人関係とかね。
2012/5/29
自分の中では。
もちろん優劣というか興味の大小とかあるとは思うんだけど
全部知りたい
と思うのは
本当にごく自然な欲求なはず。
旅行は楽しいから、何かを得るために行く
とかじゃなくて行きたいから行く。
理由と行動が一緒
知りたいから知る。
まぁそうとも限らないこともありますが
特に対人関係とかね。
2012/5/29
2012年8月27日月曜日
足りなかったこと
この数ヶ月
なんか世の中にピントが合ってないな
視野が極端に狭まってるな
と感じていた。
今日その原因の“一つ”を見つけた。
本を読んでなかった。
これ。
たまたまブックオフで中古の本買って読んだら、言葉では表しづらいんだけど、あーこれだ。ってなった。
なんか世界が開けるイメージ。
視野がスッと広がる感じ。
考えるきっかけをもらって、
考えて、学んで、ふと顔をあげると
あれっ?
なんか変わったぞ。
ってなる感覚。
これが欲しかったー。
大学生の時は友達が学校にあんまいなかったおかげか笑
図書館にこもって1人で本読んでたから、それが普通だったんだな。
会社に入って、なんか何かと忙しい忙しいとか言って本読まなくて、そしたら今まで感じてたことが感じられなくなって…迷ってた。
時間は惜しまない。
本を読み続ける。
一日一日、いや、一行一言変われるから。
なんか世の中にピントが合ってないな
視野が極端に狭まってるな
と感じていた。
今日その原因の“一つ”を見つけた。
本を読んでなかった。
これ。
たまたまブックオフで中古の本買って読んだら、言葉では表しづらいんだけど、あーこれだ。ってなった。
なんか世界が開けるイメージ。
視野がスッと広がる感じ。
考えるきっかけをもらって、
考えて、学んで、ふと顔をあげると
あれっ?
なんか変わったぞ。
ってなる感覚。
これが欲しかったー。
大学生の時は友達が学校にあんまいなかったおかげか笑
図書館にこもって1人で本読んでたから、それが普通だったんだな。
会社に入って、なんか何かと忙しい忙しいとか言って本読まなくて、そしたら今まで感じてたことが感じられなくなって…迷ってた。
時間は惜しまない。
本を読み続ける。
一日一日、いや、一行一言変われるから。
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